是川遺跡など縄文時代の遺跡
八戸地方には、是川遺跡など縄文時代の遺跡が数多く残されており、古くから人々の生活が営まれていたことがわかる。
建武元年=1334年、甲斐の国の南部師行が根城に城を構え、戦乱の北東北を鎮め、5代にわたって南朝に尽くし、この地方の基礎を築いた。
寛文4年=1664年、盛岡藩主南部重直は後継ぎを決めずに死去したため、幕府は盛岡10万石を弟の重信に8万石、直房に2万石を分け与え、ここに直房を初代藩主とする八戸2万石が誕生した。
八戸市は、馬渕川、新井田川の2本の川が流れ、この河口を中心にした海岸地帯は、近代的で大規模な施設の工業港、漁港、商港の機能を擁する太平洋岸屈指の港である。
待望の東北新幹線が八戸までのび、北奥羽地域の中核都市として、新たな高速交通体系の結節点として発展し続けている。




